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京都地方裁判所 昭和44年(む)137号 決定 1969年12月12日

主文

本件準抗告の申立はこれを棄却する。

理由

一、本件準抗告の申立趣旨ならびに理由は別紙のとおりである。

二、一件記録によつても明らかな如く、被告人は傷害致死罪を犯したものとして起訴せられているのであるから、被告人には刑事訴訟法八九条一号に該当する事由があるといわなければならない。そこで、以下本件保釈請求を却下した原裁判の裁量の当否について検討する。

三、一件資料を検討するに、原裁判当時においては、いわゆる身柄引受書等が提出されていたというわけでもなく、保釈の許否を決する原裁判官において、被告人の保釈後の生活状況が逃亡、罪証隠滅などに結びつくおそれがないかどうかの点を確認するに足る資料が存在していなかつたというべく、かえつて、被告人は家族と別れて栃木県から単身入洛、下宿のうえ大学に通学していたこと、その下宿先もいわゆる学生アパートの一室にすぎないことなど、本件の如き重罪で起訴せられた被告人の保釈後における生活状況につきなお逃亡、罪証隠滅などに結びつきかねない不安を感じさせる事情が認められたのであるから、そのような諸般の事情を総合的に判断してみるときは、本件保釈請求を却下した原裁判の裁量はいまだこれをもつて失当な措置であつたとはいえない。

四、ところで、本件準抗告の申立とともに、被告人の母親名義の身柄引受書ならびに被告人の郷里・大学における知人・友人など二、〇〇〇名余の者が被告人の保釈・減刑を求めて署名した歎願書が弁護人から当裁判所に提出せられ、このほか被告人は保釈後郷里の親元で家族と共に生活すること、母親をはじめ被告人を知る知人・友人数名が郷里栃木県から入洛のうえ当裁判所の審訊を受ける用意があることなどにつき、口頭又は書面による疎明が行われたことなど、原裁判後における事情変動を指摘することができるのではあるが、このような事情変動は、原裁判当時において、原裁判官としては何等考慮することのできなかつた事柄であると認められるから、覆審でも続審でもない準抗告裁判所がこれをもつて本件保釈請求を却下した原裁判の裁量の当否を決する際の資料とすることは許されないといわなければならない。

五、もつとも、刑事訴訟法九〇条によると、裁判所は適当と認めるときは職権によつて被告人の保釈を許可することができるのであり、弁護人の本件申立趣旨の中には、仮に原裁判の取消を求める申立が理由なしと判断される場合には、当裁判所が右のような職権保釈の措置をとるべくその職権発動を促すという趣旨も含まれているとも解されるので、この際、準抗告裁判所である当裁判所において前記の如き事情変動を考慮して職権保釈の措置をとりうる余地があるかどうかにつき検討することとする。

刑事訴訟法二〇八条一項は、第一回公判期日前における保釈許可の裁判は「裁判官」の権限であるとしているのであるが、その法意の中には、保釈許可の裁判を不服とする検察官に対して抗告ではなくして準抗告という不服申立方法を許容する趣旨も含まれていると解されるところ、当裁判所が自ら前記の如き職権発動に基づく措置をとるときは、検察官に与えられている右のような審級の利益ともいうべきものを不当に奪う結果になるとも考えられるから、(なお、刑事訴訟法四三二条、四二七条も参照)、前述の如き事情変動が原裁判後における被告人の保釈を許可すべきまでの事情変動たりうるか否かの判断は、今後再度の保釈請求を受けた裁判官又は第一回公判期日前である現時点において被告人の身柄措置につき職権を発動すべき立場にある裁判官の権限にゆだねられていると解するのが相当であつて、準抗告裁判所である当裁判所がこの点についての判断を行うことはむしろこれを差し控えるべきではないか、換言すれば、当裁判所のように第一回公判期日前の保釈請求を却下した原裁判に対する準抗告申立を審理する裁判所は、刑事訴訟法九〇条にいう裁判所たりえないといわなければならない。

六、そうであるとすれば、本件保釈請求を却下した原裁判はそれ自体としては相当であり、当裁判所に対して原裁判の取消と被告人についての保釈許可の裁判を求める弁護人の本件申立は、いずれもその理由がないというべきであるから、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項を適用してこれを棄却することとする。

よつて主文のとおり決定する。

(森山淳哉 相良甲子彦 栗原宏武)

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